6月のコンサートのテーマはフランス音楽。
フォーレ、プーランク、ミヨー、デュカス、ラヴェル、
5人の作曲家の曲を連弾、2台ピアノで演奏します。
どうしてフランスに来たの?
と、よくフランス人に聞かれます。
フランス音楽が好きだから、と答えることが多いけれど(納得されやすいので)
本当はフランス音楽というより、フランスの文化一般になんとも子供っぽい憧れが
あっただけでした。
絵描きである私の祖父には若い頃パリ留学を断念した思い出があり、
そのことをよく語っていたので、
なんとなく夢のような国に思えていたのかもしれません。
「ふらんすにいきたしとおもへども
ふらんすはあまりにもとおし」
という萩原朔太郎の詩も祖父が教えてくれました。
小学校の卒業アルバムの
大人になったら行きたい国、という欄に
なんと「おフランス」と書いていたのをちょっと前に発見しました。
当時アニメのおそ松くんが流行っていて
シェーッで一世風靡したイヤミが
「おフランスおフランス」言っていたからだと思います。
ふざけたつもりだったのか、本気だったのか‥‥全然記憶にありません。
そして今考えると難解で意味不明だった
フランス映画を10代の頃、私は無理してよく見ていて
そのなかで退屈そうな顔してボソボソしゃべるフランス人たちを
かっちょいーーーー!なんて単純な理由で
大学の第一外国語にフランス語を選んだのです。
今でもそうかもしれないけれど、当時の音大といえばドイツ語圏が
圧倒的に重要視されていて、フランスはマイナーでした。
そのマイナー派、フランス語のクラスで知り合った友達とは変わり者同士(?)
ずっと変わらず大事なつきあいが続いています。
その他卒論でお世話になった先生や
中高時代ピアノのレッスンをして下さっていた先生が
パリに留学していたことなどが重なり
いろいろな情報を得ることが出来て留学となったのですが、
実際に住んでみればパリには日本人がたくさんいました。
先日書いたように日本食も手に入りやすくなったし
インターネットや円高のおかげで
ふらんすはあまりにもとおし、
という感覚も今ではずいぶん変わっていると思います。
そして映画の中の女優のようにボソボソかっこ良く喋るはずが、
どうやら私のフランス語は今やすっかりマルセイユ訛りに
なっているらしく、
時々びっくりされます。
たぶんダニエル・カールの山形弁みたく聞こえるんでしょう‥
そんないろいろな夢と現実のギャップを感じながらも
フランス音楽を演奏する時だけは
ここに来てよかった!と絶対に思います。
パリで勉強していた時は
先生に技術的なことよりもまず
美術館に行って絵をたくさん見なさい、
教会に行って空気を感じなさい、と言われました。
クラブサン?というようなカタカタなる古いプレイエルやエラールの
ピアノがだんだん指になじんで来るとき、
一見クールで繊細な表情をしながら
自分を強く持って周りに左右されないフランス人のエスプリに触れるとき、
私はまだまだ
ああここに来てよかった、と思うのです。
ブログ村ランキングに参加しています
merci !