2019年1月21日月曜日





お葬式の前日には
妹のパートナーの
家族がボルドーから到着し

皆で作った
お母さんの好物であった
プロヴァンスのケーキを食べました。




そしてお葬式。

11年前、
まだ知り合いの少なかった私たちが
ささやかな結婚式を挙げた
小さな教会に

たくさんの方が集まってくださり
皆で悲しみを分かち合う
温かい式になりました。

棺の上には
お正月に撮った笑顔の写真と
娘の絵

前日のコンサート会場から
ピアノを運んでもらい
夫は悲しみを堪えて
お母さんの好きだった
リストとモーツァルトを三曲を
弾きました。

いつも気丈なマミーが
やっと娘の不在を実感し
泣き崩れた時

心が折れそうに悲しくなりました。
孫たちでずっとマミーを
抱き支えていました。

式の後、お悔やみを言いに来てくれた方たちの中に
お母さんのお友達が何人もいて

あなたのことをいつも話していたの
とても自慢していたのよと

優しく抱きしめてくれました。

お母さんがずっと戦っていた
心の病や
愛して止まなかった動物を通じて

こんなにお友達を作っていたんだ

私のことまで話していてくれたんだと
驚きました。




翌日妹がマミーを連れて
ボルドーに帰り

家に帰ると言い張るお父さんも
今朝一旦帰ることになりました。

3人の生活が再開です。

自宅の前で意識を失ったお母さんは
前日に孫たちに会い
最愛の夫と動物たちの近くで
逝きました。

きっときっと幸せだった。


日常の宝物に常に感謝することを

お母さんが身をもって
教えてくれたんだと

思うことにします。

お母さん、ありがとう。


























































 














2019年1月19日土曜日

音楽と人生と






ミレイユお母さんの亡くなった
週末は
ちょうど歌曲コンサートの
フェスティバル中で
パリからお客様がありました。

ソプラノ歌手のジュリア、
テノールのパトリック、
ピアニストのマチュー、

何度も演奏に来てくださっている
素晴らしい音楽家の方たち

突然の悲報を聞いて、
何かできることはない?と
本番前なのに何度も
聞いてくれました。

このコンサートを
ミュジカダンスの
代表ミレイユ・ルノーに捧げます
というマチューの挨拶で
始まりました。



信じられない気持ちのまま
蒼白な顔で譜めくりをした夫。

フランスとイタリアのオペラで
新年にふさわしい華々しいプログラム
折しもグノーのオペラ
ミレイユのアリアもあったのです‥

いつものように二階席に座りながら
なにを聴いても感極まって
涙が止まらず
困りました。






そして1週間後は
尊敬するピアニスト成嶋志保さんと
メゾソプラノのサンドラによる
フランス歌曲のプログラムでした。




 

プーランクやデュパルクの
しっとりしたメロディーと
志保ちゃんの深い音色で奏でられる
ハーモニーに

今度はしみじみと
また涙‥




大切な家族とのお別れと
同時に行うコンサートの準備は

決して簡単ではなかったけれど
音楽家の方たちや
フォローを手伝ってくれた
友人たちに支えられ
励まされ

乗り越えることができました。
娘も今度はお花を渡すお役目を
果たせて満足。

コンサートの間、
音楽のもつ
儚さと普遍性という両面を
人生のように感じていました。


2019年1月15日火曜日

祈りの場所


義母ミレイユが不意に亡くなって
5日も経ってから
やっと許可が出て
解剖の行われた
マルセイユの病院に
会いに行くことができました。

どうしてもマミーに会いたい
お別れをしたいと言い張る娘。
トラウマになるのではないか、
楽しい思い出だけを
持っていてほしいと、見せたくない、と私はすぐに守りに入りました。

けれど
ちょうど義父の
心のケアに来てくれていた
心療内科の先生に話すと
子供の意見は尊重すべき、
と言われました。
子供が自分から質問をしたり
はっきり意見を言うときは
答えを受け取る準備ができている
証拠なのだそうです。
一番大事なのは
ちゃんと向き合って話し合う
フォロー。確かに‥‥

そして日の出前に車2台に乗り込み
皆でマルセイユに向かいました。
車の中から見えた朝焼け、
マルセイユの鄙びたカフェでの
静かな朝ごはんを
これからずっと覚えているでしょう。

魂の旅立ったあとの義母の顔は
穏やかで表情がなく
別人のようで
抜け殻という言葉が浮かびました。

泣きじゃくる私たちに混じって
娘はまたじっと涙を流しながら
小さな体で現実と
向き合っていました。

そして
90歳で娘を無くしたマミーは
これはあの子じゃないと首を振って
静かに微笑み涙を流しました。

姿を見たら
実感が湧くと思ったのに、
やっぱり湧かない、
これは彼女じゃない

と、繰り返していました。

そして家に帰ると

しばらくして娘が私に言いました。

ママ、これからマミーは
神様みたいにお祈りしたり
お花をあげたりする場所になったの?

その顔が天使のように無邪気で
思わず抱きしめながら頷くと

じゃあまだマミーに
絵を描いてもいい?

と言い、時間をかけて
絵を描いていました。

  
それは
娘とマミーミレイユがたくさんの
ハートに入っている絵です。


裏は
スペルはめちゃくちゃだけど
感謝と大好きが
いっぱい入っている手紙。

また涙が止まらない。

棺にいれてもらおうね、
と約束しました。



















2019年1月14日月曜日

不在



義母ミレイユが亡くなった
1月5日から
文字通り世界が変わりました。

夫と彼の妹マガリーが悲しみを堪えて
いろいろな手続きに奮闘する中
私は出来るだけ仕事を続けながら
家族のお世話をしていました。

というのも
たまたまバカンス中で
家にいた妹親子、に加え
ミレイユのお母さんである私たちの
マミー
(娘にとってはメメ、
90歳のひいおばあちゃん)、そして
お父さんを我が家に迎え
大人5人に子供3人の大所帯になったのです。

それから妹のパートナーが彼らの長男
マテオを迎えにきて一旦ボルドーに
帰ることに。

それからは大人5人と子供2人、
それでもいっぱいいっぱい、ベッドも足りません。
妹親子は友人テレザとイブの家に
夜だけ寝かせて
もらうことになりました。



みんなが痛みを抱える中
なんといっても癒されたのは
生後5ヶ月の赤ちゃん
ヴァロンタンの笑顔。

またこの子が天使のように
ニコニコとお利口で本当に
可愛いのです。

大好きだったおばあちゃんとの
突然のお別れに
じっと耐えていた娘も
従兄弟を離さず、
救いになりました。
マイペースな妹も一変して
家事を手伝い
テキパキとあちこちに電話をかけ
この時ほど
彼女に感謝したことはありません。

そして
みんなで泣き
抱きしめあい
労わりあう
その中心に

お母さんの無言の不在がありました。



外で仕事をしていれば
家で娘を預かってもらっている気がし
家の玄関では
ゆっくりと靴を履いている姿が浮かび
台所のテーブルでお茶を飲み
リビングのソファーで休み
娘の部屋でおもちゃに囲まれている
姿が見えるようで

その度に
これは悪い夢なんじゃないかと
思う。

これからやって来る

みんなの誕生日
イースター
クリスマス
お正月
発表会
たくさんのコンサート

どんな行事にも
お母さんがいないんだ

そう思うと涙が止まりません。



















突然すぎるサヨナラと



あまりにも穏やかで幸せな
年末年始のあと
突然深い悲しみに襲われました。

夫の母であり娘の大好きな
マミー、ミレイユお母さんが
逝ってしまったのです。
義両親は
私たちが南仏で新生活を始めてから
喜びも悲しみもいつも一緒に
味わって来ました。
生意気な外国人の嫁であった私の
生き方、子育てを
決して批判することなく協力してくれ

家族だからぶつかることも
あったけれど
それは圧倒的な信頼関係が
底にあったから。

居なくなってしまった今
伝えきれなかった感謝を持て余して
呆然としています。

辛い事実を伝えると
娘の大きな目から涙がこぼれ落ち、
大人のように声を出さずに
泣きました。






2019年1月2日水曜日

新年



あけましておめでとうございます。

同僚家族と
楽しく年越しをして
昨日からは
義妹一家が来ています。

どちらの家族にも
娘と同じ年頃の子と
赤ちゃんがいるので

一番お姉さんの娘は
嬉しくて嬉しくて
たまらない様子。


食べ過ぎから
胃腸の様子を見つつ

食事を調整し
運動を再開し
遊びながらも
仕事を進め

なかなか順調な新年のスタートです。

今年もどうぞよろしくお願いします!





2018年12月31日月曜日

サヨナラ2018年

年末の挨拶をしに
テレザとイブの家へ



まだ私たちが家族というより
新天地で仕事を始めたばかりの
若いカップルであった頃から
支えてもらっていた
ふたりに会うと

ホッとして
当時の初々しい
気持ちに戻れるから
不思議です。

そしていつも
オシャレで素朴な
インテリアは私の憧れ。

この頃テレザは
機織りにハマっているんだそうで

可愛い織り機を見せてくれました。

七夕の絵で織り機を見知っていた娘も
興味津々!

私も子供の時
プラスチックのピンクの織り機を
(確かその名も織姫?)持っていました。

母も祖母達も
手先が器用で
手作り日常品に囲まれながら
私はリクエストしてばかり。
手芸は大の苦手だけど
それでもこの機織りは唯一
好きだったなあ

と思い出しました。



さて今日で2018年もおしまいです。

娘が産まれてもうすぐ6年、
なかなか書けずにいたブログですが
今年は記事数100を超えられました!

家族とほんの少しの友人への
近況報告が
自分の心の整理にも
繋がっています。

今年もたくさんの子供達や
子供のような純真な大人たちに
癒され
救われ
頑張ることができました。

とくに娘の成長には
ただただ感謝、
感動をもらう日々です。

みなさんに
素敵な新年が訪れますうように‥‥



















2018年12月29日土曜日

一息



今年も本当に
あとわずかとなりました。

義妹家族がやってくるのを機に
大掃除をして
すっきり。

娘がお友達の家に
遊びに行っている間に
久しぶりに夫と連弾もしました。

新しいプロジェクトも
いろいろあります。

でもちょっと、一休み‥‥

したい気もしています。